さっちゃんちの机(更新記録兼用徒然日記)

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zoom RSS ある駅の思い出

<<   作成日時 : 2013/09/09 23:43   >>

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183系電車の開発目的は東京地下駅発着の房総特急への投入だったそうだ。前面貫通になったのは、連結時の使用と言うよりは地下区間での非常口の確保という意味があったとか。つまり地下鉄と同じだな。
その183系が登場してそんなに経たなかった頃、小学生時分、夏の臨海学校は東京駅地下コンコース「動輪の広場」での集合・解散が定番になっていた。小学校の所有する海の家は千倉にあり、今では内房線の特急列車と言うと館山止まりだが、当時は千倉発着の「さざなみ」があったため、それに団体で乗車して千倉へ往復していたのである。確か両国(ないし新宿)発着で残った急行列車は全て館山止まりだったため、房総地区の113系の車内ドア上辺りに貼り出された路線図には、館山から先、普通列車の黒い線と、特急の赤い線だけが千倉まで伸びていた(急行は何色の線だったか記憶にないが、とにかく館山までで途切れていたわけだ)。当時は千倉と言うと館山に勝るとも劣らぬ観光の拠点駅だった。今となっては見る影もないが、千倉駅前のバスターミナルは、方面別に国鉄バスの乗り場が4つも5つも並んでいた様に記憶する。……海の家までは徒歩での移動だったが。
そんな臨海学校の往路だったか、それとも何か違う機会に乗った時のことだったかハッキリしないのであるが、とにかく館山と千倉の間の駅で、乗っていた「さざなみ」の交換待ち合わせがあったような記憶がある。この区間には駅は1つしかない。当時東京からちょっと離れたところに行けばどこにでもあった、木造の駅舎と向い合わせのホームを持つ駅で、駅員さんの姿を見た記憶もある。
そんな小学生の頃だったかもう少し時代が下った頃だったか、夕方のNHKのニュースで見たと思うんだけれども、その駅にある切符回収箱に、多額の現金が投げ込まれているのが見つかったという事件があった。ニュースで見た翌朝の新聞でも読んだ気がする。「切符回収箱」が設置されていたわけだから、この時点では無人駅になっていたことになるな。



いつか降り立つことがあったらなあなどと思っていたんだけれども、昨年のここに書いた1人別行動の時に、ちょっと寄って見た。「降り立つ」のではなく車での訪問となってしまったが。古い駅舎も既に撤去されて、もはや「駅舎」と呼べるスペースすらない「下屋」風の構築物が、そのままホームの待合室を兼ねた設備になっていた。車両も京浜東北のお古=209系。そう言えば183系もいないし、だいいちこの駅を「さざなみ」が通過することもなくなった。


内房線、九重駅の思い出。



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